潜伏キリシタン世界遺産に ユネスコが登録決定

目安時間:約 3分

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長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が

世界文化遺産に登録すると決定しましたね。

登録されるのは、キリスト教が禁じられた江戸~明治初期に

既存の社会、宗教と共生しながら信仰を守り続けた

潜伏キリシタンの集落や、島原の乱の舞台となった

原城跡(長崎県南島原市)

国宝の大浦天主堂(長崎市)など12件

特に原城跡は

天草四郎で有名になったお城です。

天草四郎(あまくさしろう)といえば

襟巻にマントというファッションスタイルで

島原の乱のリーダーとして活躍したイケメンの少年です。

天草四郎は、1621年に天草諸島の大矢野島(現・熊本県上天草市)に生まれました。

父は益田甚兵衛(洗礼名:ペイトロ)で、母は千束善右衛門・妹(洗礼名:マルタ)です。

兄弟は、姉の福、2人のつると万がいました。

天草四郎が世に出た背景は

当時の天草地方は、悪天候のせいで農作物の不作が続き食糧を

収穫できない事態が続いていました。

しかし幕府から年貢(税金)の取り立ては相変わらず行われ

民衆は皆苦しい状況にいました。

時の政府(徳川幕府)はキリスト教を禁止し

物凄い弾圧をしていた時代です。

無謀な年貢の取り立てとキリスト教弾圧の両方が

重なり島原の乱と発展していくんですね。

幕府軍と戦った民衆側のリーダーが天草四郎でしたが

まつりあげるリーダー天草四郎でよかったのかもしれませんね。

リーダー天草四郎のもとに37,000人が集結したともいわれています。

この事件のあと日本は200年にわたり鎖国政策をとったんですね。

確かにキリスト教は両面を持っていましたから。

一つは信仰

もう一つは侵略

世界の歴史を見てもこの両方が事実と言っても

間違いがありませんね。

天草四郎は日本に大きな影響を与えました。

それが良かったのか悪かったのかは

わかりませんが、日本は世界の発展に大きく遅れていたことも

考えなければいけません。

これは余計なことですが

三輪明宏さんの前世が天草四郎らしいのです。

本当か嘘か?

余談です。

潜伏キリシタン世界遺産に登録をされたことで

あらためて苦難の歴史を学ぶことはとても大事なことです。

内面を隠し、仮面を着けて困難を乗り越えた人たちの歴史ですから

宗教を超え、現代にも訴えるメッセージが込められて

いるので登録はとてもよかったと思います。



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